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私のこころのまほろば [幼年時代]

私の心のまほろばは、
小城のボタ山周辺の集落であろう。
初めて母と姉と三人で訪れたときは
夕方、薄暗くなった頃であった。

集落近くなった辺りで、
蛍が飛び交い始めていた。
幼心に、その蛍の光が、まるで筋を引くように
とんでいたのを記憶している。

だから子供の頃は
蛍は点滅するのではなく
光の筋を引いていくものだとばっかり思いこんでいた。

それから数年は、ここで過ごしたようだ。
そこには、ボタ山を囲むように大きな池があり、
池では大きな竿のようなもので
青年たちが、
鯉か鮒のようなものをつっていたのを
かすかに記憶している。
初めてみる大きな魚に
心躍る思いで見ていたことを思い出す。

そこで毎日ボタ山に登ったり、
池で裸足になって
水遊びをしたり、
魚を捕ったり、
ミズスマシ(あめんぼう)を追いかけたりして遊んだものだ。

ある日、大雨の降った翌る日
ボタ山に登った。
頂上に登って下界をみると
普段は国道が走り、民家がそれに沿って続いていた。

その南西に走る国道の谷間を
まるで一夜で大河ができたかのように
轟々と濁流が蛇行しながら荒れ狂っていた。

その合間には
転々と民家の屋根が見え隠れしていた。

このボタ山の思い出は
この大雨後の洪水を見た後、
更に、下駄を忘れて帰ったことだった。

買ったばかりの下駄だったので
母は大あわてで、私がどこに忘れたかを
問いただし、ボタ山の中腹の所まで
夕刻、薄暗くなり始めた頃
母と、雨上がりの滑りやすい斜面をよじ登った。

後で聞いたことだが、
幼い私(3歳の頃)が知らないところで
こんな所を、危険を冒してよじ登ったことを知って
思い出すたびに身震いがした、と話してくれた。

このボタ山の麓の池での思いでは
池に裸足ではまって遊んでいて、
茶碗のかけらを踏んで
足の裏をざっくり切ってしまったことだった。

何かきりっと針で引き裂いたような痛みが走った。
思わず足の裏を見ると、
ざっくり3センチくらいの切り口が足の裏を裂いていた。
鮮血が吹き出していた。
流石に私も慌てて、自宅へ急いだ。
したたる血が土間に点々としていた。
母は真っ青だった。

いつのことか記憶していないが
昭和27~8年の出来事だったのでは?
と記憶に蘇る。

私にはここが集落以外出て行く径も
入っていく径もおぼろげにしか
記憶にないボタ垣のまほろばである。


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コメント 2

はじめまして、私の母の里は小城の隣の多久市でした。
私が子供の頃にもまだ、ホタルはたくさん飛んでいましたよ。
by (2005-07-04 12:21) 

m_kikuchi

私の母の話では、すんでいたのは東多久だったようです。
父の仕事は小城炭坑の事務所に合ったようです。住まいはその社宅です。
今は、その関係の会社は全くないと思います。
24~5の時、訪れたのですが、国道からその集落に入る道の左右に合った小学校と中学校は当時有ったのですが、昔の山道はなく、ボタ山も削られてしまって何もありませんでした。集落も断片的に有りましたが、多分今は様相が全く変わっているはずです。
by m_kikuchi (2005-08-05 16:15) 

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